丸山豊について

年譜

丸山豊の軌跡

1915年 (大正4) 3月30日、福岡県八女郡広川町に生れる。
久留米に転居。
1927年 (昭和2) 福岡県立中学明善校入学。
1928年 (昭和3) 明善俳句研究会結成。
1929年 (昭和4) 「街路樹」に参加。現代詩に傾倒。
1931年 (昭和6) 野田宇太郎と詩誌「日時計」発行。
「椎の木」同人。
1932年 (昭和7) 早稲田大学第一高等学院入学。
1933年 (昭和8) 帰郷。九州医学専門学校入学。
1934年 (昭和9) 「ボアイエルクラブ」結成。
詩集『玻璃の乳房』刊行。
1935年 (昭和10) 「リベルテの会」結成。
詩集『よびな』刊行。「驕兒」創刊。
1963年 (昭和11) 詩誌「糧」、「文學會議」創刊。
1937年 (昭和12) 九州医学専門学校卒業。
1938年 (昭和12) 詩集『白鳥』刊行。
1939年 (昭和14) 入隊。小説「體温」発表。
1941年 軍医少尉。南方の戦地へ赴く。
詩集『未來』刊行。
1946年 (昭和21) 6月、戦地より帰国。
久留米市諏訪野町で医院開業。
1947年 (昭和22) 詩集『孔雀の寺』、『地下水』刊行。
詩誌「母音」創刊。結婚。
1950年 (昭和25) 岸田勉らと久留米連合文化会創設。
1952年 (昭和27) 公選市教育委員。
1957年 (昭和32) 詩集『草刈』刊行。
1961年 (昭和36) 詩誌「火」創刊。
1965年 (昭和40) 詩集『愛についてのデッサン』刊行。
1966年 (昭和41) タキギ塾開設。市公平委員長。
福岡県詩人会設立、代表幹事。
1967年 (昭和42) 西日本新聞読者文芸の選詩担当。
1968年 (昭和43) 合唱組曲「筑後川」作詞。
1969年 (昭和44) 随筆「月白の道」西日本新聞連載、翌年刊行。
1970年 (昭和45) 詩集『水上歩』刊行。
1973年 (昭和48) 久留米市文化章受賞。
1974年 (昭和49) 西日本文化賞受賞。
1976年 (昭和51) 『定本丸山豊全詩集』刊行。
1978年 (昭和53) 『定本丸山豊全散文集』刊行。
1981年 (昭和56) 小郡市山隈に丸山病院開院。
1989年 (平成元) 詩集『微安心』刊行。
日本現代詩人会より先達詩人の顕彰を受ける。
8月7日、アンカレッジで客死。74歳。
父・平次郎に抱かれる丸山豊
中学明善校のころ
久留米医学専門学校4年生のころ
西日本文化賞授賞祝賀会の
丸山豊夫妻

※写真は全て丸山家による提供